もうずいぶん前の話だけど、
小説の書き方を教えてくれる長期講座に
仮参加をしたことがあるの。
その講座は、私の周りには
ほぼいないタイプの人たちが集まる場所(^-^;
ちなみにどういうタイプかといえば、
文学系の知識をいっぱい詰め込み、
その知識を散りばめながら
周囲と議論を楽しむ(?)ような人たち。
前の用事が押したため
5分ほど遅れていったところ、
会議室のドアを開けた途端、
参加者7人中2人がバトってた(笑)
相手の意見を受け入れる気がないのかな?
1人はその集まりの講師で
1人は受講者。
通常なら、
講師がいろいろアドバイスをくれたら、
受講者は
「なるほど! わかりました」
と、より良いものを書くために
参考にすると思う。
講座はそのために通ってるんだろうし(^-^;
でも、その受講者は違ってた。
講師はその作品が気に入らないらしく、
「この作品のテーマはいったい何? ┐(-。ー;)┌」
と聞いてたらしい。
↑
ここは遅刻したので
実際には聞いてないんだけど、
バトルの内容で理解した(笑)
それに対して、
受講生は作品のテーマを明確にせず、
作品には関係ない持論(本人はあるつもり)を
声を大にして展開していた。
ちなみにその作品をざっと読んだけど、
私には小難しくてよくわからず、
その人の持論も「?????」って感じで、
作品として成立してないよなぁ・・・
と思ったので、
講師の人の気持ちもわかるとは思った。
受講者はもうちょっと謙虚に、
言い訳をせず、
「わかりました。書き直してみます」
でいいと思うのだけど、
実はその講師の人も、
結構強引に、正論に聞こえる持論を
展開していた(笑)
講師なのだから、
作品に意見を言うのは当然だけど、
気にいる気に入らないで
言ってはダメだよね(笑)
正しさの応酬には終わりがない_| ̄|○
受講者と講師の応酬が全然終わらなくて、
しかも2人とも
ずっと同じことを繰り返してた。
ほぼ部外者の私の目から見ると、
双方とも自分の正しさを
主張しているだけのように見えた。
ちなみに
「正しい」の反対は「悪」じゃない(^-^;
詳細はこちらから。
↓
他の受講生は
議論をするのが嫌いじゃないのか、
これがこの場の当たり前なのか、
初参加の私にはわからないのだけど、
さまざまな人がいろいろな意見を言い合う。
そのどれもが、
私にはつまらない(ごめんなさいw)と
感じてしまった。
っていうか、
その意見どうでもよくない?
┐( ̄ヘ ̄)┌ ヤレヤレ・・・
って感じ(笑)
同じところをぐるぐる回るような意見で、
講師の味方と受講生の味方に分かれ、
意見(正しさ)の応酬を
しているだけのように感じちゃったの。
ただの見学者的な私は
何も言うこともできず、
言おうとも思わず、
只々心の中で
同じことの繰り返しで
聞いてて
つまんないんだよぉ!
ヾ(○`з´)ノプンプン!!!
って思ってた(笑)
客観視がない意見の交換は戦争に発展する
途中参加者の一人が、
「これをずっと続けてても
意味はないので先に進みませんか?」
と言ってくれた!
やっとこの応酬から解放されて、
他のことが聞ける~~~と期待した私!
でもそうは問屋が卸さず(笑)
先に進めませんか?
と言った本人も、
再びぐるぐる回り続ける意見に
参加するようになってしまった。
ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…
もういっそ、いきなり立ち上がり、
同じことの繰り返しで
つまんないんだよ!!!
と言ってしまおうか(笑)
と思うくらいだった。
一応大人だから言わないけど、
何度もつまらないアピールで時計を見たり、
ちょっとため息をついたり、
机に頬杖をついてみたりしちゃった(^_^;)
↑
やってることは大人じゃない(爆)
↑ 私の中の魂ちゃんが
そうさせたんだよぉ ← 言い訳(笑)
どうして正しさの応酬をしてしまうのか?
それは全員が全員
主観でしゃべってるから。
主観の議論が拡大していくと、
そこには戦争が待ってる(-_-;)
本当だよ。
戦争って、国同士の正しさの応酬だから。
そこには全く客観視はない。
ただただ自分の主観を主張しているだけ。
私はこう思ってる!
私の意見が誰よりも正しい。
だから皆私の意見に従え!
と言ってるだけ。
客観視がない状態って、
ただのわがままな子供なんだよね(^-^;
やっぱりさ、
自分の正しさを主張することは、
何の解決にもならないよね。
相手の主張を
一度しっかり受け入れる
客観(大人)の器。
相手の主張は受け入れるけど、
自分の軸はちゃんと崩さない器。
その両方が必要で、
それがないままの主張し合いは、
単にその場の空気を悪くして、
お互い何の解決もない、
つまらなくて疲れる時間を
過ごすだけなんだよねぇ。
あの時は本当に疲れたなぁ・・・
当然講座の参加はやめました(笑)