SNSのアプリを消してみた。
「人は人、自分は自分」って唱えてみた。
比べそうになったら、感謝することを3つ思い出すようにしてみた。
……で、どうだった?
たぶん、3日くらいは効いた。
そして4日目に、なんでもない誰かの投稿を見て、
また胸のあたりがギュッとなった。
「またやってる」
「なんでこんなに気にするんだろう」
「私って器が小さいなぁ_| ̄|○」
比べて凹んで、比べた自分にまた凹む。
この二重の凹み、地味にしんどいよね^^;
で、今日はっきり言っちゃうと
たくさんある「比べないようにする方法」が効かなかったのは、
あなたのせいじゃない。
効かない場所をいじくってたからに他ならない。
あなたの問題ではなく、場所の問題。
今日はその話をしていきます。
劇団青年座の女優を経て、TVアニメ「サザエさん」のシナリオライターに。
潜在意識・好転反応の専門家として15年、セッション実績10,000件超。著書多数。
人生のアルゴリズム研究所 所長/夢野さくらです。

蛇口を締めても、水は止まらなかった
比較をやめる方法って、世の中にたくさんある。
SNSと距離を置く。
他人じゃなく過去の自分と比べる。
自分の良いところを書き出す。
どれも間違ってない。
ちゃんと考えられた方法だと思う。
でもね、これ全部、壊れた蛇口を締める作業なんだよね。
比較という水が出てくるから、出口を締めようとする。
でも、蛇口は壊れてるから、手を離すとまた出る。
水を出さないためにはずっと蛇口を握ってなきゃいけない。
比較をやめる方法って、ほとんどがこれなんです。
そりゃ疲れるに決まってる(笑)
問題は、その水(比較)はどこから来てるのかであって、
蛇口じゃないのです^^;
まず、あなたはシーソーに乗っている
比較で苦しい人の中には、1台のシーソーが設置されてる。
私もあった。超特大のやつが(笑)
特大だから、私の中はそれで占領されてたといってもいいくらい。
片方の端に座っているのが、優越感。
もう片方の端に座っているのが、劣等感。
誰かより上だと感じれば、こっち側が上がる。
誰かより下だと感じれば、あっち側に落ちる。
ここで大事なのは、これが1台の同じ板だってこと。
優越感と劣等感は、別々の感情じゃない。
同じ板の、右と左。コインの裏表。
だから、片方だけ選ぶことはできない。
優越感を味わえる人は、必ず劣等感も味わう。
逆に、劣等感でボロボロになってる人は、
どこかで必ず優越感も使ってる。
ここ、認めたくないよね。私も最初そうだった^^;
「いや私、人を見下したりしないし」って思ってたもん。
でも、よくよく自分を観察したら、しっかりやってた_| ̄|○
「あの人よりはまだマシ」
「私はあそこまでひどくない」
「あの人、分かってないなぁ」
優越感って、堂々とした顔で出てくる時もあるけど、
こっそり柱の陰から、まるで「私は優越感ではありませんよ~」
みたいな顔で出てくる時もある。
……イヤ怖いって(笑)
あなたの点数は、あなただけでは決まらない
もうひとつ、このシーソーの特徴。
学校の成績で、相対評価ってあったでしょ?
あれ、自分の点数だけでは出せない。
周りが何点だったかが分からないと評価できない。
同じ70点でも、みんなが90点なら「下」。
みんなが40点なら「上」。
点数は1ミリも変わってないのに、価値が変わる。
そこが絶対評価との違い。
優劣の世界で生きるって、これとまったく同じ。
自分の価値を、
自分ひとりでは確定できない。
誰かと並べないと分からない。
だから、常に周りを確認し続けなきゃいけないという罠。
昨日まで「まあ悪くない」と思えてた自分が、
SNSを5分見ただけで無価値になる。
あれ、あなたの心が弱いからじゃなくて、
相対評価で生きてるから当たり前に起きること。
自分の価値の判定を、いつも他人に任せてる状態なのです。
この「決定権を誰が持ってるか」の話、
【宇宙の仕組み】あなたの人生の決定権は誰が持ってる?にも書いてるので、
ピンと来た人は読んでみてね。
じゃあ、なぜシーソーから降りないのか
ここまで読んで、こう思わない?
「そんなに苦しいなら、降りればいいじゃん」って。
うん。私もそう思ってた。
そして、降りられなかった。何年も^^;
その理由が、今日いちばん伝えたいところなのです。
劣等感の側に落ちている時って、本当に苦しい。
自分には何もないと感じる。まさに無価値感の沼の中にいる。
とっても不安でとっても怖い。
とてもじゃないけどそのままじゃいられない。
そんな時、人はどうするか。
優越感の方に移動しようとする。
つまり、自分より下に見える人を探しに行く。
そうしないと、立っていられないから。
そうしないと、苦しさが終わらないから。
じゃあ、優越感の方に移動するには何が必要だと思う?
そう。そうだね。
誰かと比べること。
これだよね?
比べないと、自分がどっち側にいるのか分からない。
比べないと、立ち位置を確認できない。
つまりね。
比較は「やめられない」んじゃなかった。
「やめたら困る」ものだった。
劣等感から抜け出す道具は、他人との比較しかない。
道具を捨てたら、劣等感を感じたまま立ち上がれなくなる。
だから握って離さない。
やめたいと言いながら、絶対に手放さない。
これに気づいた時の私の感想。
「うわ、私、比較が必要だったんだ……
もう、比較が好きまであったな_| ̄|○」
やめたいって、ずっと思ってたのにね。
苦しさは比較から来てるのを知ってたから、
比較を捨てれば苦しさから解放されるって思ってたのに、
大事すぎて捨てられなかったのは私だったなんて、
なんて皮肉な話^^;
正直に言うと、比較って気持ちいい時もあるんだよね^^;
つまりさ、比較って、苦しいだけのものじゃないのが
手放せない最大の原因だよね。
自分のほうが上だと分かった瞬間の、
あのホッとするような安心。
わかるかな?わかる人いるよね?
「よかった、私はまだ大丈夫 ε-(´∀`*)ホッ」ってやつ。
あれ、けっこう気持ちいいよね?
だからこそ、
ここを見ないまま「比較しないようにしよう」と決意しても、
まあ無理だと思うのですよ。
気持ち良くて、
さらに絶対に必要だと無意識に感じてることを、
意志の力でやめられた人を私は見たことがない^^;
だからこれは、あなたも私も、
薄情だとか性格が悪いとかいう話じゃない。
比較とはシーソーの右と左。
同じ板の両端という構造になってるって話なのです。
そして、いちばんの落とし穴
「比較しないようにしよう」と決めた人が、次に何を思うか。
「私は人と比べない生き方を選んだ」
「まだ他人軸で生きてる人は大変だな」
「あの人、承認欲求すごいなぁ」
……はい、出ました。
無意識にやっちゃうこれ^^;
比較をやめようとしたのに、
「比較しない自分」で優位に立って優越感に浸る私(笑)
シーソーから降りたんじゃなくて、シーソーの上で座り方を変えただけ。
ネガティブを考えないようにしようと決めて、
どうすれば考えないようにできるかと必死に考えてる、って構造と同じ。
あるあるです。
そしてこれ、けっこう根深い。
優劣の世界にいる限り、
手に入れたものは全部、順位の材料に変換されるから。
学びも。
気づきも。
「自分を大切にできるようになったこと」でさえも。
全部、板の上に持ち込まれる。
だから、板の上で何をやっても比較はやめられない。
それこそ「そういう構造」だから。
降りるんじゃなくて、板そのものを見る
じゃあ、どうするか。
ここで「シーソーから降りましょう!」って言いたくなるんだけど、
それを言うと、また「降りる努力」が始まっちゃう。
それ、蛇口を握る作業に戻るのとあまり変わらない^^;
だから、こう。
降りようとしなくていいから、
まずは、板があることを知って、
板を見てほしい。
「今、私はシーソーに乗っている」
「今、私は誰かと自分を並べて、高さを測った」
これだけ。ジャッジなしで、ただ確認してみる。
不思議なんだけど、板の存在が見えている間、
人は板の上で必死になれなくなる。
優劣の世界がリアルじゃなくなるの。
作りものの世界って感覚になる。
たとえば、ゲームの中にのめり込んでる時って楽しいし、
何かをクリアしないと次のステージに行けないし、
呼ばれても聞こえないくらい集中しちゃう時がある。
その世界だけしか見えてなくて、
自分の世界は、優劣というゲーム1色になる。
でも、「あ、これゲームだった」と思い出した瞬間、世界が広がる。
優劣のゲームから離脱して、急に世界はカラフルになる。
そして、カラフルになった分だけ、比較する回数は勝手に減っていく。
やめるんじゃなくて、要らなくなる。
これが私の言ってる引き算なのです。
新しい習慣を乗せるんじゃなくて、乗ってたものが勝手に抜け落ちる。
そんな感じ。
ところで、この板はいつ運び込まれた?
あなたのシーソーは、
いつあなたの中に運ばれたのかというと、
もちろん自分の意思で買ってきたわけじゃない。
気がついたら、部屋の真ん中に置いてあった。
そんな感じ^^;
通知表。
順位表。
「お姉ちゃんはできたのにね」
「◯◯ちゃんを見習いなさい」
「そんなんじゃ置いていかれるよ」
言った側に悪気はなかったと思う。
むしろ心配とか、愛情から出てたことのほうが多い。
でも子どものあなたは、そこから世界のルールを読み取った。
人は上下に並ぶ。
上にいれば愛される。
下にいると危ない。
子どもにとって、愛されないことは生きられないことと直結してる。
だから比較は、趣味でも性格でもなく、
生き延びるための技術として身につけた。
つまりシーソーは、あなたの意思で買ってきたわけではないけど、
無意識にあなたの心のドアをあけ放ち、
シーソーが搬入されるのを歓迎してしまったというわけ。
何十年経っても律儀に動いてるのは、そのせい。
言い換えると、あなたの中の比較係は、
今もあなたを守ってるつもりでいるってこと。
ちなみに、そもそも自分がどんな前提の世界に住んでるかって、
自分では本当に見えにくい。
そこを扱ったのがあなたはどんな前提の世界で生きてる?
今日の話とセットで読むと、より具体的にわかってもらえると思うので、
ぜひ読んでみてもらえたらなと思います。
あなたの板には、何の目盛りがついてる?
シーソーには、目盛りがついてる。
何を基準に高さを測るか、という目盛り。
これがね、人によって全然違うのです。
私の目盛りは
「価値を証明できているか」だった。
だから、証明できてそうな人を見ると落ちて、
証明できてなさそうな人を見ると安心してた。
ひとつの目盛りで、上も下も測ってたわけね。
あなたのは、たぶん違うものだと思う。
ちゃんとしているか、かもしれない。
愛されているか、かもしれない。
迷惑をかけていないか、かもしれない。
選ばれているか、かもしれない。
で、これを見つける方法があってね。
けっこう簡単。
次に誰かと比べてざわっとしたら、その場でこう聞いてみてほしい。
「今、私は何の目盛りで測った?」
年収?見た目?人からどう思われてるか?
そして、これを1週間くらい続けてみる。
スマホのメモでいいから、ざわっとした瞬間だけ記録していく。
1週間分を並べて見た時に、たぶんびっくりすると思う。
相手も場面もバラバラなのに、目盛りが1本しかないから。
それがあなたのシーソーの正体。
ちなみに、この目盛りに何を選ぶかは、
生まれ持った設計図とも関係してます。
気になる人は
自己肯定感が低いのは性格のせいじゃない|生まれ持った「設計図」の話
を読んでみてね。
比べちゃう自分を、責めなくていい理由
比較がやめられないのは、意志の問題じゃない。
優劣というシーソーに乗っていて、
劣等感から上がる方法が比較しかなかったから。
つまり、比較はあなたを苦しめる犯人じゃなくて、
あなたが生き延びるために使ってきた道具だったってこと。
道具を責めても何も起きない。
道具が必要だった理由のほうを見た時に、はじめて何かが変わる。
だからね。
今日から比較をやめる必要はないです。
そのかわり、比べちゃった時に「お、目盛りが動いた」って見てみてほしい。
責めるでも、直すでもなく、ただ観察する。
その視線を持てた時点で、あなたはもう板の上だけの住人じゃなくなってる。
あなたのシーソーは、どこから来たものだと思う?
優劣の世界は、
あなたが動かしているアルゴリズムのひとつでしかない。
ひとつでしかないってことは、他にもあるということになる。
比較がやめられない人。
後悔が何年も消えない人。
同じような相手ばかり選んでしまう人。
見た目の悩みは全然違うのに、動かしてる大元が同じ。
ということがすご~~~く多い。
ちなみに前回の記事で、
私は「この世は優劣の世界の住人だった」って書いてるんだけど、
あれが今日の話とそのまま繋がってます。
後悔と比較、別々の悩みに見えて、私の場合は同じ1本から出てた。
(→ 後悔が消えない本当の理由|あなたは「未来を知らなかった自分」を責めている)
じゃあ、あなたの大元には何が入ってるのか。
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人と比べてしまう自分を、どうか責めないであげてね。
その子はずっと、あなたの居場所を確保しようとして必死だっただけだから。
役目が終わったと分かれば、ちゃんと手を離してくれます^^
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